米子彫刻ロードを行く(8)

 

湊山公園の彫刻マップNo:33、永野光一氏の「眼の時」が米子彫刻ロードの終了地点となりますが、米子野外彫刻、あるいは米子彫刻シンポジューム作品が設置してある場所はまだかなりあります。

あと17箇所でしょうか。


湊山公園を出て米子駅へ向かうか、またはもう少し時間を取れる場合は右へ曲がり、旧加茂川方向へ向かうことになります。

湊山公園を出たら信号を渡り右へ行きます。
すぐに旧加茂川の河口、つまり中海へ出ます。この旧加茂川へ出る手前に内町ポケットパークと呼ばれる場所があります。
3角形の空き地といった方がいいと思いますが、ここになぜかひとつポツンと彫刻マップNo.34、2004年米子彫刻シンポジューム作品西巻一彦氏の「宿借り(海辺の物語)」が設置されています。

2004年の米子彫刻シンポジューム作品は、この西巻一彦氏の「宿借り(海辺の物語)」彫刻マップNo.34と湊山公園内の彫刻マップNo.33と彫刻マップNo.35。そして加茂川の深浦橋手前のNo.36と少し離れています。



もう1体少し離れた場所にある彫刻をご案内します。歩いてこれだけを見に行くのは止めた方が良いと思いますが、湯村光作品と聞けば外せない方もおられるかもしれませんね。
旧加茂川の橋を渡ってから信号を二つ越します。右角にガソリンスタンドがありもう少し行くと右に鳥取地方法務局米子支局があります。ここに湯村光氏の「起源・環」彫刻マップ別No.18が設置されています。




後藤家「宿借り(海辺の物語)」を見たら、旧加茂川沿いに歩くので右へ坂道を下ってゆきます。
直ぐ右角に古い大きな日本家屋があります。国の重要文化財に指定されている内町・後藤家で全国でも数少ない貴重な遺構です。古くは回船問屋として広く商いをしていた旧家です。


この後藤家を右に曲がってしばらく歩くと先程出た湊山公園の信号へ出てきますが、信号へ出ずに信号の手前の少し狭い通りを左に折れます。
場所はカテゴリの参考資料で地図を見てください。
100メートルも行かないうちに鳥取大学医学部の校舎が左にあり、門を入ったすぐに別彫刻No.10の辻晋堂氏作「下田光造銅像」があります。

下田光造氏は鳥大医学部の育ての親。東大医学部卒業後、慶応大学医学部の創立に参加し、ドイツ留学を経て九大医学部教授となった。1945年、郷里の官民あげての懇請により、名も金もない米子医専初代校長(現鳥大医学部)に就任。苦労の末鳥大学長。1978年93歳で亡くなっている。




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